2019年7月16日火曜日

[放送後記] 加藤桃子女流三段 「純心」

ねこまど将棋チャンネルで棋士・女流棋士をゲストとして迎えたのは今回を含めて18回となる。そのうち、わざわざ事前の打ち合わせを要望したのは二人。長岡裕也五段と加藤桃子女流三段である。生放送ということもあり、こちらも放送事故的な惨事にならないように配慮を重ねて台本を書いている。更にその上で、わざわざ時間を割いて事前打ち合わせをする丁寧さには頭が下がる。

ご存知の通り、加藤桃子女流三段は2019年3月末を持って奨励会を退会し、4月から女流棋士の道を歩み始めた。既に計8期の女流タイトルを獲得していることから、外野から見ていると何ら違和感は無いのだけれども、24歳の決断は大きなものであったと思う。
私は少しだけ遠慮がちに「生放送内でも触れる事があると思いますので、率直に話していただけますか?」と頼んでみた。少しは躊躇もあるかと思ったが、そんな素振りも無く二つ返事で快諾してもらった。

私は第2回電王戦からの将棋ファンなので歴が浅く、奨励会について知識はあるものの、どの程度触れて良いものか未だ分からない。
最近、ねこまど将棋教室でも講師として活躍する藤田一樹 指導棋士三段(元奨励会ニ段)と交流ができ、「里見香奈にボコボコにされた男」(奨励会では全く勝てなかった)と茶化して人に紹介するぐらいにはなれたものの(藤田さんゴメンね。でも一発で覚えてもらえるよ)、それは彼が退会してから5年も経っているし、明るいキャラクターだから許容範囲っぽいのを感じられるからであって、他の奨励会経験者には容易く聞けない。

ねこまど将棋チャンネルやその他ねこまど関連イベントでスタッフとして関わっているなかで、棋士・女流棋士の方々と話す機会が増え、そしてその中で「加藤桃子さんはいい子だよ」という話を聞くことが、実は今まで何回もあった。加藤桃子の何が棋界の人たちを虜にしているのだろうか?加藤桃子は魔性の女?いやいや、あの加藤桃子に魔性という単語は似合わないだろう。などと答えの出ない問題を抱えていた。だから今回の裏テーマは、「加藤桃子の何が人々を惹きつけるのか」である。

故郷の牧之原市(旧榛原町)の話から始まり、REIWA将棋教室、これからの目標という順番で話を進める。

1. 山を見ると心が落ち着く
2. 海を見ると心が落ち着く
3. お茶を飲むと心が落ち着く
4. ミカンと言えば、青島ミカン
5. 新しいことにチャレンジするのが好きだ
6. 指導対局では厳しい方だ
7. 教えるのも好き
8. 将棋を指す女性が増えたと感じる
9. 将棋は楽しい
10. 女流棋士となり心機一転、取り返さなければならないモノがある

(私物のコウペンちゃんグッズが並ぶ)

ハキハキと喋り、コロコロと良く笑う。
若くても大人びた人が多い(あるいは観客層に合わせているとも言える)将棋界において、数少ない純心かもしれない。
加藤桃子の将棋は筋が良いという言葉がピタリとはまる。勉強していますという将棋であり、それは熱心に将棋に取り組んでいた子供の頃を思い出させるかもしれない。純粋に将棋に向き合う心。純心。
勝負の世界においては「勉強」から「研究」に変わる。その過程において、たぶん、「楽しさ」から「仕事」へと変わるのだろう。そして、いつしかあの頃の感情を忘れてしまう。でも、自らを高める勉強の大切さは普遍であり、そのことに気が付かせてくれるのが加藤桃子という存在なのかもしれない。

加藤桃子の将棋は教科書にしたい将棋であり、例えば、将棋の森で基礎を習い、さらに強くなろうという女性は絶対にお手本にすべきだろう。将棋の勉強の先には、このような完成形があるということを知るのは大きい。(なぜ、ねこまど将棋教室じゃないんだ?笑)

生放送後は踊りを踊る。
その様子は TicTok で公開した。でも、きっと TicTok を使っていない層が多いであろう将棋民のために、こっそり別バージョンをニコニコ動画にも投稿している。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm35363894



数日後、伊藤沙恵女流三段とのコラボレーションイベントがねこまど将棋教室で行われ、そこでもまた加藤桃子女流三段の素顔を垣間見ることができた。言えるのは二人とも将棋に真摯に向き合っているということ、特に棋譜を残すことを使命としていることが伺えた。勝つのはもちろんのこと、将棋の進化と歴史に貢献しようとする覚悟を感じた。そういう部分でのシンパシーが互いの信頼感を醸成しているようであった。

「もっと個性のある将棋を指したい」と加藤桃子女流三段が言う。
私は、もう彼女の将棋から十分に個性を感じるし、棋譜を見ると絵画を鑑賞したかのような感銘を受ける。
加藤桃子ファンは、もっと加藤桃子を称賛しなければならない。加藤桃子の将棋をありとあらゆる表現方法で、その人なりの表現でもって大きく叫ぼう。そこに棋力は関係無い。たくさん肯定すればするほど、加藤桃子の強さは比例していくはずだ。

いつの間にか加藤桃子ファンになっている自分がここにいた。


(文 @totheworld / 写真 @VodkaIceBerg)





2019年7月12日金曜日

[放送後記] Stand By You 青嶋未来五段 光溢れた夢の続きは君と共に

棋士は血の通った人間か?

安恵門下の兄弟子 永瀬叡王を見ていると全ての喜怒哀楽を超越した存在にならなければならないのかと思う。それでなければ人間を越える鬼 -タイトルホルダー- にはなれなのかと。才能のぶつかり合いの中で抜きん出るために魂の炎を激しく燃やす世界の住人になることを選択した人を、私たちはただただ傍から見つめているしかない。心模様は分からないし、かの才能を測る物差しだって持っていない。でも、彼らと私たちのコミュニケーションの媒体として将棋がある。もちろん、それは表面的な事実だけを知るためだけの共通言語でしかないのだけれど。

青嶋未来の才能を疑う者はいないだろう。
プロデビューは早くなかったものの、将棋ウォーズの垢バレなどもあり、将棋ファンにおける認知度は高い。
いつ爆発的に勝ちだして檜舞台に躍り出ても不思議ではない。
ただ問題は、そんな同世代の若者が本当に多いということである。加えて、ベテラン勢となったH世代もまだ一線級で戦っている。

棋士の日常は良く分からない。
最近はソフト研究を主として、人相手に練習しないことも増えているという。
ますます人物像が見えてこない。
私は青嶋未来はどのような人物なのかを、僅かな手掛かりをもとに考えた。

そんな中、トークライブの前に大きなニュースが舞い込む。
 青嶋未来 全日本チェス選手権 優勝
兼ねてからチェスの名手となっていたことは伝え聞いていたが、まさか日本一の称号を得るまでになっているとは知らなかった。彼は優勝した後、喜びを爆発させて咆哮したのだろうか?クールに見える青嶋五段でも喜ぶことはあるのだろうか?などと想像した。

用意した10の質問は以下。

1. 対局の前は良く眠れるほうだ。
2. 勝負事が好きだ。
3. 負けず嫌いだ。
4. 好奇心が旺盛なほうだと思う。
5. 一人の時間は大切。
6. 家でも歌う。
7. 自分の声は良い声だと思う。
8. 詰将棋は必要!
9. 棋士にとって寝ぐせは重要だ。
10. ズバリ聞きます。今、1番好きなのは将棋だ。

お分かりかと思うが、一番聞きたかったのは 10. である。
将棋民は棋士がチェスで好成績を上げると嫉妬する傾向にある。心配もする。
青嶋五段は、何の迷いも無くスッと〇を札を上げた。
私が書いた台本の役目はこれで終わりだ。この言質さえ取れれば、あとは何だっていい。

トークライブで青嶋未来は若者らしく笑い、時に戸惑い、観客とのやりとりを楽しんでいた。少なくとも、彼は観客の前では人間だった。

生中継を終えて、カラオケの話になると更にテンションが乗ってくる。
嬉々として分析して講義する青嶋先生は本当に楽しそうだし、こちらも楽しくなってくる。

カラオケの採点表、机にはチェス、ホワイトボードには五角形のチャート。
凡そ将棋教室とは思えない風景だ。カオス。
人前で語れるほどなのだから、これはもう趣味の域を脱している。そんな様子をみんなで一緒に楽しんだ。
決して自分から盛り上げていくタイプでないものの、求められれば応える男。実は人懐っこい。菅井七段に少し似ているかもしれない。

私は棋士がどのように生き抜いていくのか、どのように頂点に立てるのかの方策は知らない。どのように応援して、彼らの力になれば良いかも分からない。でも、今日この時に集まった者で共有した時間によって形成されたであろう縁が、何かの時の最後の一押しになってくれればと思っている。まだ夢の途中。光の先の未来に一緒に共に立つ日は遠くないと願い、私はこのナンバーを選曲する。

"Stand By You"
Official髭男dism

Stand By You いつも Stand By You
未来がハイになる 君と歌になる
Stand By You 眠らない街の喧騒を抜け出して
Stand By You 光溢れた夢の続きは君と共に

(文 @tothewolrd)