2017年7月25日火曜日

[観戦記] 北尾まどかの戦い マイナビ女子オープン一斉予選 2017.7.22

梅雨明けしたばかりの東京は、それでもなお湿った重い空気がじっとりと肌にまとわりつく。2017722日土曜日、東京 竹橋は熱気と冷気が入り混じることになる。マイナビが主催する将棋マイナビ女子オープンのタイトル戦は、獲得すると<<女王>>の称号を得ることができる。女王とは、なんとも艶めかしくも輝かしい響きだろうか。

この日は、女流棋士、予選を勝ち抜いたアマ選手が本選トーナメント入りをかけて一同に会している。将棋の対局には珍しい「公開対局」の形式により、観客が見守る中で複数、同時に対局が行われることもあり、多くのファンが会場に駆けつけ会場は期待と熱気に満ちている。

いよいよ会場の準備が整い、対局に臨む女流棋士達が一斉に入場し、ここが女の戦いの場であることが認識される。空気は一変する。それは女流棋士達の表情である。ある者は力強く、ある者は伏し目がち、ある者は怯えたようにも見える顔で観客の前を進んでいく。その様相から感じることは、これは熱き戦いではない、「これは冷徹な戦いだ」ということである。ここは冷たい刃を抱えて挑む、生きるか死ぬかの戦場なのだ。

[対局会場入り口]


午後には、北尾まどか女流二段の対局も行われる。
対局の前には「対局スポンサー」の記念撮影がある。この対局スポンサーという制度は、該当の対局にファンがスポンサー(お金を払って)をして応援するというユニークなもので、ファンが棋士を直接応援する数少ない手段の一つでもある。対局者の二人とスポンサーとで写真を撮影するというサービスもある。これは対局前に行われることもあり、何か不思議な光景。なぜなら、対局者は対局相手と顔を合わせ、スポンサー含めて3人で和やかに写真に収まらなければならないからだ。その後、30分もすれば対峙して戦っているというのにだ。

さて、ねこまど将棋チャンネルとしては、この制度に一枚嚙まない訳にはいかない。対局者との撮影の際に小道具を持ち込んで撮影したのが、この写真。そう、我らは「ねこまど将棋チャンネル」チームなのだ。

[チームを代表して記念撮影 / 田中沙紀さん了承済み]

北尾まどか女流二段の対戦相手は、チャレンジマッチから勝ち上がってきた田中沙紀アマ。激戦の予選を勝ち上がってきていることもあり実力は折り紙付きだろう。さて、どのような棋風なのだろうか。

両者、気合の入った面持ちで盤を挟み挨拶を交わす。振り駒は歩が三枚。北尾女流の先手で対局が始まる。初手2六歩。居飛車宣言。対して後手は、6二銀。後手はそして、3二金、1四歩、5四歩と時間を使わずに駒を進める。用意してきた作戦は角交換を拒否しての相掛かり調の力戦か。(本局の棋譜は公開されていないため、本記での全記載は割愛します。なお中継された貞升-田中も同様の序盤駒組となっている)
 
[後手の駒組み]

変則的な出だしに北尾女流は慎重に時間を使う。相手の真意を確かめるように少しずつ盤上に広がる海に潜りだす。棋士が前のめりで揺れながら考える様は、ダイビングでゆっくりとフィンを掻くのと似ているのかもしれない。呼吸を整えながら意識を集中し、深く深く、さらに深く、浮力に逆らい海溝を下り、暗闇の先に光る地球の核をめがけて。
両者の駒組が落ち着く30手頃には、先手だけ既に17分もの時間を費やしている。盤側から見ていると些か不安になる。持ち時間30分、秒読み60秒という早指し棋戦は当然時間が少ない。

中盤は相居飛車らしい一進一退の小競り合いが続き、65手付近から均衡が崩れそうな局面になる。いわゆる終盤の入り口と言われる局面だ。この頃には後手も時間を使い切り秒読みに入る。後手の形勢がやや悪くなりかけそうな局面に差し掛かり、田中アマは小首を傾げながら前傾姿勢になり、時折、「いやぁ」と声を漏らす。それでも未だ形勢判断は難しく、両者綱渡り、一歩間違えると奈落の底。この状況でも対局者は将棋という名の舞台の上で、舞を踊り続けなければならない。一方が倒れるまで。

69手目、北尾女流は4五歩をグリグリグリと盤にめりこむように指す。この“グリグリ“は、いわゆる「指しやすい」とされる局面で現れる。後手の堅陣から金を離し、攻め込む糸口が見える局面を作り出す、盤上この一手。先手、やや指しやすい。

北尾将棋は引かない将棋とも言える。攻めでも守りでも相手の主張を受け入れない。本人は攻めが好きというが、いや違う、突っ張り将棋だ。自ら進む道を切り拓くが如く、盤上でも主張を続ける。「こっちのほうが良くないですか?」とでも言うように。

本譜、巧みな受けからの反撃で駒得し、先手良しとなるものの、後手は丁寧に大駒を遠ざける守りの手を指し続け、同時に堅陣を再構築していく。後手は歯を食いしばってという表現がぴったりの苦しい受け方だったものの、やがて3筋には銀金金金と縦に並ぶ壁ができ、2筋の玉を堅固に遮蔽する。

[後手 金銀タワー]

先手からは手掛かりを作るのが難しく、残念ながら角2枚と龍が遊んでいる。駒得が生きない模様となり、1手ごとに後手からじりじりと小駒で迫られる先手はやがて守勢となる。130手、150手・・・・それでも簡単に土俵を割らないのは、観戦している私たちを意識してか。最善の受けを続け、粘り強く指し続ける。これは公開対局、そう簡単に投げることはできないという思いもあるのだろう。周囲の対局は徐々に終わっていき、本局と隣の長沢-北村戦の2局だけ残される。長沢-北村戦は相穴熊の戦いらしく、長い長い終盤となっている。私が座った場所からは、北村桂香女流初段が小さな体を揺らしながら懸命に指している様子が見える。隣も秒読み、こちらも秒読み。時折、記録係による秒読みのカウントがシンクロする。

長く苦しい1分将棋が続いた末、先手玉は引きずり出され前後から攻められ、一方の後手玉は攻めが届かない場所で鎮座している。両者秒読みに入ってから100手を越す大熱戦もついに終わりに近づいてきている。

後手、174手目に7五桂と王手をかける。いよいよ難しい。
少考、少し頷き、そして「負けました」と明瞭な声で先手が投了する。後手の着手から先手投了までの時間は30秒足らず。最後を待つ僅かな時間は全ての指し手が凝縮される時。私には永遠にも感じられた。
感想戦で先に声を出したのは北尾女流。田中アマも疲労困憊の様子。勝者はすぐに次の対局が控えている。簡単な感想戦を終え、駒は駒箱に仕舞われ、礼をして対局は静かに終了した。


以前、長沢女流から「みなさん、まどかちゃんのファンなんでしょ。羨ましいわ。」と言われたことがある。社団戦でチームを組み、ねこまど将棋チャンネルというインターネット放送を始めた。「ねこまど将棋教室」の場で楽しむために集った仲間は、北尾まどかのファンというよりは、北尾まどかが繰り出す次の一手を面白がる人たちかもしれない。便乗して自分たちも楽しんでいる。改めて応援するというのは気恥ずかしさもあるが、それでも気持ちは持っている。メンバー一同、北尾まどかの人生を応援している。それがまた次の夢に繋がっていく。その夢の話は、また別の機会に。

11回マイナビ女子オープン一斉予選が終わり、本選トーナメントの組み合わせが行われた。タイトル挑戦には、まだまだ勝ち進まなければいけないのだ。北尾女流を破った田中アマは、貞升女流に敗れ本選入りを果たすことができなかった。小野ゆかりアマが唯一アマチュアで本選入りを果たしている。ねこまど将棋チャンネルに出演した女流棋士からは、香川愛生女流三段、長谷川優貴女流二段が次へと駒を進めた。トーナメントを勝ち上がり、加藤桃子女王に挑むのは誰となるのか。

[マイナビ女子オープン]

観戦を終えて、ねこまど将棋教室へ。
今日は「ねこまど1日道場」と称して自由対局の場としている。北尾先生の留守を預かるのも社団戦メンバーだ。多くの来客を迎え、運営、お客さんの相手にと奮闘していた。
決勝局を少し見届けた後、私は竹橋から四谷に向かった。既に北尾先生が教室に戻っており、多くの将棋仲間が真剣に将棋を指す姿を暖かく見守っている。将棋がそこにあれば、人が集まり将棋を指し、誰しもが自分の将棋に熱中する。我を忘れて目の前の一局に没頭する。将棋というのはそういうものだ。のめりこむのが礼儀だ。

[ねこまど1日道場]

夜になり、#シタチューから中華料理を買ってきてビールを飲む。即席の宴会。初めて会った人たちとも将棋の話題で盛り上がる。楽しいひと時。結局、散々飲んで、散らかして、ちょっと片づけて帰宅。ここが楽しい場だから、私たちはついつい甘えてしまう。いつも何とお礼を言ってよいのか分からない。だからまた足を運ぶ。

帰宅途中で北尾先生からお礼のメッセージを受け取る。いやいや、お礼を言うのは私の方ですよ。真剣に将棋を指す姿を拝見させていただき、その後、教室で遊んだ。こんな楽しい日はそうそう無い。だから今日の日を観戦記として残しておきたいのです。私は楽しい記憶を紡いでいきたい。誰かの歌から拝借するなら、縦の糸は将棋で、横の糸は将棋を楽しむみんな。その織物の図柄は北尾まどか考案です。一人では成し遂げられない大きな大きな織物が完成するとき、2017年初に語ったあの言葉が思い起こされるでしょう。

[将棋で世界征服]

長い一日が終わる。
でも戦いは終わらない。
女流棋士 北尾まどかは宣教師ではない、終わりなき戦士である。誰かが見ていようともいまいとも常に戦っている。だが忘れないで欲しい、それは孤独な戦いではない。取り巻く全ての人が一緒に戦っているということを。将棋を愛する人たちの夢を乗せて。
Go Fly and Fight, Madoka!


( @totheworld)

2017年7月18日火曜日

[放送後記] 軽快さは爽快さを生む - 戸辺誠七段の夏

高校球児のような日焼けをした戸辺誠七段が、棋風と同じく軽快に話している。
彼を棋士だと知らない人は、彼のことを棋士だと推理することはできないだろう。見るからにフットワークが軽そうであり、その健康そうな体躯で、高校の体育教師とも思えるような風貌である。豪快というには雑さがなく、繊細というような華奢さがない、体育会系というほど汗臭さもなく、スポーツマンと表現した方が良いかもしれない。
盤上では戸辺攻めの異名の通り、常に攻めの手筋を考えている。ということは、見た目からは想像もつかないほどにギラギラした心を持っているのかもしれない。

将棋の棋士ほど内面が分からない人種はいないだろう。
もし相手が何を考えているのかが分かることができたら、棋士はまず対局相手の読み筋を知りたがるだろうし、それができないのなら表情、仕草から読み取ろうとするだろう。自分の知能に絶対的な自信を持っている者同士の戦いは、ほんのちょっとの事がきっかけて勝負がつく。そのほんのちょっと、1ミリにも満たない何かを探すことができるのも、一つの特殊能力かもしれない。

さて、戸辺七段は放送を見ていただいた方は分かるだろうし、そもそも彼を知っている人間も多いのだが、屈託のない笑顔で、「いや、脳内に将棋盤無いっすよ~」と観客を笑わせる。「だって目があるんですよ、盤を見ればいいじゃないですか」いや、その通りではあるのだけれど、それでプロとしてやっていけるのだろうか?いや、それは彼のハッタリかもしれないが、こんなことで誤魔化すような人には見えない。

短い時間ではあったが戸辺誠七段と話をしていて感じたのは、腰がはいった、あるいは、芯がある、という印象である。これだけ軽妙に話をしているのだけれども、将棋においては曲げられない何かを持っているという感触を受けた。いや、棋士は皆、そうなのかもしれないのだけれど、それぞれにその印象は違う。戸辺七段の場合は、いうならばリゾットだろう。芯が残ったお米。いろいろな味付けがされ、具材と一緒に炊きこまれた柔らかいお米なのだけれども、自分のアイデンティティは、芯として残っていて、食べる者にそれを感じさせ記憶させる。

笑顔で話す彼を見ていて、何か海風のような爽快感を感じたのは私だけではないだろう。
軽快なスイングは、爽快な風を起こす。
竜王戦4組、順位戦B2、30歳。内に秘めた大きな野望は無くしていないだろう。
「本も出したし、あの棋士との対局になった時も中飛車で行きますよ!」
ロマンとファンサービスも忘れない男。
戸辺攻め炸裂を見たい。いや見せてくれ。

イベントの最後に、本当に丁寧に色紙に揮毫をする。
戸辺先生に了承いただき、その様子を天カメで撮影し皆で見た。
棋士を対面にして見るのとは、また違った趣がある。

また応援する棋士が増えた。
また将棋が面白くなる。
そんなトークライブとなった。

(文: @totheworld)

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2017年7月2日日曜日

羽化前夜 - 長谷川優貴女流二段を迎えて - 放送後記

棋士は何度か生まれ変わる。力強くなるために生まれ変わる。
生まれ変わらなければ生き残れない勝負の世界。

長谷川優貴は眩い光と共に生まれている。
プロ入りしてから4戦目でタイトル挑戦まで駆け上がるという離れ業を成し遂げた。
才能ある者の集団の中で目立った功績をあげることは容易いことではないし、容易く許してくれる世界ではないのにだ。

それから6年。
彼女は関西の女流棋士においては上から数えた方が早い。まだ21歳であるにも関わらず。
毎年多くの若い才能が現れ、旧世代を脅かす。
だが、若干21歳の長谷川優貴は旧世代とは言い難い。そう、まだ21歳なのだ。


彼女は集合時間よりも幾分早めに現れる。
(ここだけの話、事前に台本を読んでもらったり、当日に早く来て打ち合わせをすることができたのは今回が初めてである・笑)
白いワンピースで夏らしい装いは、休日の高校生のようにも見える。
フレッシュさと不安定さとを両手に抱えているようかのような印象は、未完成という言葉がしっくりくるかもしれない。

放送が始まり、彼女は少しずつ話し始める。
幸い、ここはアウェイではない。東京の地ではあるが同じ女流棋士が運営する教室の中である。集まった客は将棋ファンであり温かく見守ってくれている。
放送終了後は、より気さくに色々なことを話してくれた。その様は、当たり前だが普通に完全に20代女性である。バンジージャンプが好きで、タワーオブテラーを連続で搭乗する普通に完全な20代女性である。

今、長谷川優貴は何かのタイミングを待っているかのように、あるいは何かのきっかけを掴もうとしているかのように思う。生まれ変わるために。
将棋の強さには何が由来しているのか凡人には分からないが、将棋に費やす時間との単純な正比例の関係とはならないようで、不条理を感じる。もしかしたら飛び続けるバンジージャンプの先に何かが見えるのかもしれない。あるいは単なるスリル好きなのかもしれないが。


何かが変わるかもしれない。
その兆しを見逃してはならない。今まさに羽化前夜なのだ。
自ら行動して、その殻を破ろうとする姿はフォームチェンジには留まらずに大きく進化するだろう。

世にも美しい蝶になるか、あらゆる者を打ちのめす毒蛾になるか、
とにかく静かに、でも熱く、長谷川優貴を応援しようではないか。

(文 @totheworld)